丹後喬介先生のプロフィール

丹後喬介先生は原爆に2回も被爆されましたが西式の健康法で益々元気です!

1919年(大正8年) 熊本市川尻町生まれ、


お母さんは先生を産んで半身不随になり、寝たり起きたりの

病弱になりました。

長兄は幼少の時、赤痢にて病死

父は先生が小学4年の秋、肺結核になり、

小学6年の秋、次兄、妹とも赤痢にかかりました。


当時、伝染病は車もない時代で戸板のような台でのせ

かつがれて病院へ行く姿を見ながら過ごされ、


幼少時代は生まれてから全くわが家は病気の問屋のような

暗い憂うつな家庭で病と戦っておられ


先生が12歳の秋、両親とも1ヶ月前後で他界。


先生の幼少時代は誠に悲惨なものでした。



「三つ子の魂百まで」、と昔のことわざにありますが、この悲惨な

体験が医学、医療にとても興味と関心をもつことにつながり、


昭和15年、三菱重工業(株)に勤務の時

東大出の知識人が「西式健康法」を盛んに推奨し、

西勝造先生の講演ならびに著作集及び月刊誌に魅せられました。



人類の悲惨な思い出を残す2発の原爆投下、その広島と長崎の

原爆に遭遇し、両方とも約3Kmの距離で被爆されました。



しかし、この「超健康法」を学び知っていた為、即実践し

そのおかげで今の頑強な健康体を保つことになり

「本当の健康法はこれにあり」と感じ入り、西勝造先生に傾倒する。



昭和45年、熊本県西会会長

平成元年、全日本西会運営評議会会長

ここ20数年間、月1回必ず同士と会合



向学心に燃える医師あり、元高校校長あり、会社社長あり、

公務員あり、主婦あり、農家の方あり、個人商店主ありと

多士済々好評です。



北は北海道、南は沖縄まで、また全国ロータリークラブの例会等に

講演行脚をしてきました。


平成9年、緑内障を宣告され左目失明、これは現代医学による

治療によるものです。

平成14年、右目の失明を宣告されるが自分の「超健康法」で克服



以前、手相の専門家に手相を見てもらった時

「タフで長寿で、頑強で病気せず。」と言われ、益々元気です。


毎日、お風呂で40回の温令浴をかかさずされ、

好物は甘いもので、趣味は読書

山本陽子さんのファンでもあります。



生活信条は「良くなる、能くなる、善くなる」ことの実現


健康アドバイザーとして現在も活躍されています。


平成18年4月1日に厚生労働省より

厚生労働行政モニター」を委嘱されています。


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著書の紹介

「超健康法」 21世紀へ健康の科学   著者 丹後喬介

「皇族方も、あの有名人も実践。ご一読くだされば御納得されます。」



本書は爆発的に全国各地にまた白熱的に歓迎され

今や「ベストセラー」「ロングセラー」に。


この本は書店の店頭にはおいてありません。


(定価 1800円+税 (送料310円)


特定商取引に基づく表示

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   (「超健康法」の本も同時に受け付けております)

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